「クローン進化論」によるガンの遺伝子変異

「クローン進化論」によるガンの遺伝子変異

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がん幹細胞の概念は古くからあり、腫瘍の組織学的な不均一性として、すでに19世紀にはその存在が分かっていました。そして1937年には、白血病細胞ではありましたが、1個の細胞からがんが再度構築される可能性があることが分かりました。

 

1960年頃には、悪性奇形種(胎児の時の胚細胞のがん化)やリンパ腫の細胞を使って、こういった1個の細胞からがん組織をつくることができる細胞が、がん細胞の中にどれくらいの頻度で存在するのかが計算されました。

 

 

結果、1000〜1000万個のがん細胞が存在していれば、がんが再び構築されることが分かったのです。もちろん、その頃のがん細胞の単離法やいろいろな実験操作技術から考えると、この数字がどこまで本当なのか疑問が出てきます。しかし、結果として獲得できた腫瘍は、もう一度もとの腫瘍と同じく不均一性を表したとされています。

 

要するに、悪性奇形種の細胞には腫瘍をつくる力を備えた細胞が高確率で含まれていて、さらに1個の細胞が腫瘍細胞以外の細胞にも分化できる「多分化能」を示すことも分かりました。1900年頃、放射線ラベル法とよばれる分子標識技術(ある一定の分子に放射性同位体で目印をつけ、どういった化学反応が起こるか調べる手法)ができてくると、増殖中の細胞の核をマーク(標識)することができるようになりました。

 

「クローン進化論」によるガンの遺伝子変異

 

そこで、この方法をマウスの扁平上皮がん(皮膚や一部の内臓の表面に存在する扁平上皮細胞のがん)に使ってみたところ、初めに放射線標識が入るのはほとんどの場合未分化細胞であることが分かりました。その後、放射線標識された細胞は、だんだん高度に分化した細胞でもマークされるようになっていきます。

 

このことが表しているのは、こういった高分化細胞は、未分化細胞の領域でマークされた細胞から生まれたということです。つまりがん細胞を生み出す“親のがん細胞”があるということになります。

 

 

さらに、こうやって細胞が一度高分化してしまうと、もう一度がんをつくることができないことも分かりました。こうして、がんはがんの親の細胞から生み出されるという「がん幹細胞」の概念が完成したのです。

 

こうした一連の解析が行われたのは1970年のはじめでしたから、すでにいまから40年前にはがん幹細胞の理論ができあがっていたということになります。しかし、1970年代にはいると、私たち人間のがんの原因を突き止めるために、がん遺伝子やがん抑制遺伝子の変異に注目する研究者が多くなり、がん研究の多くは遺伝子解析へと移り変わることになりました。

 

 

そして“遺伝子の異常”という見方から、がん発生の「クローン進化説」が提案されました。これは、ほぼ全てのがんは1個の細胞の遺伝子異常からできたものだという考え方です。それは、遺伝子の異常(変異)が起きた細胞にさらなる遺伝子変異が加わって、その結果高度な増殖能力をもった腫瘍細胞が延々と増殖することによって、がんの固まりが生まれるというものです。

 

 

正常細胞に比べて、腫瘍細胞は遺伝子的には不安定で、いろいろな変異が組み込まれやすい状態にあります。こうした遺伝子の不安定性が、前に書いたような遺伝子異常をさまざまな細胞に組み込んでしまうと考えられました。

 

アメリカのジョンズ・ホプキンス大学のエリック・フィーロンとバート・ヴォーゲルスタインの2人は、1990年にがん細胞のクローン進化論を公表しました。それは、たとえば初めは線種、つまり良性腫瘍で決して悪性ではなかった細胞がなぜがん腫瘍に変わるかというと、多段階の遺伝子変異を起こしたからだというものです。

 

こういった多段階発がん説は、がん細胞の中から新しく悪性度を増したがんが現れるしくみを説明したものです。たとえば、正常に分化した皮膚細胞に、山中因子という4つの遺伝子を組み込むと、胚性幹細胞(ES細胞)に非常に似たもっとも未分化なiPS細胞が生まれます。

 

 

がん細胞についても、こういった多段階の発がんのプロセスで細胞を未分化状態に戻す遺伝子(初期化遺伝子)が現れるとしたら、がん細胞のがん幹細胞化が生じる可能性もあるということになります。

 

面白いことに、どのような種類のヒトのがんをみても、悪性度が高くなったがん細胞では、その遺伝子型がES細胞のそれと非常に良く似ていることが報告されています。がん細胞を生じさせるがん幹細胞が存在するという40年前の研究は、分子生物学が発展するにつれてあまり注目を集めなくなり、一度はなくなってしまったかのように見えました。

 

しかし、その後の遺伝子異常の発見から提唱されることになったクローン説や、多段階発がん説、そして細胞リプログラミングによる幹細胞化が実現されるようになったことで、昔の研究テーマであったがん幹細胞説はいま、再び熱い注目を集めることになりました。


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